音楽って・・・

『じゃあひとつ訊きたいんだけどさ、音楽には人を変えてしまう力ってのがあると思う?つまり、あるときにある音楽を聴いて、おかげで自分の中にある何かが、がらっと大きく変わっちまう、みたいな』
 
 大島さんはうなずいた。『もちろん』と彼は言った。『そういうことはあります。何かを経験し、それによって僕らの中で何かが起こります。化学作用のようなものですね。そしてそのあと僕らは自分自身を点検し、そこにあるすべての目盛りが一段階上にあがっていることを知ります。自分の世界がひとまわり広がっていることに。僕にもそういう経験はあります。たまにしかありませんが、たまにはあります。恋と同じです』
 
 星野さんにはそんな大がかりな恋をした経験はなかったが、とりあえずうなずいた。

『そういうのはきっと大事なことなんだろうね?』と彼は言った。『つまりこの俺たちの人生において』

『はい。僕はそう考えています』と大島さんは答えた。『そういうものがまったくないとしら、僕らの人生はおそらく無味乾燥なものです。ベルリオーズは言っています。もしあなたが〔ハムレット〕を読まないまま人生を終えてしまうなら、あなたは炭坑の奥で一生を送ったようなものだって』

『炭坑の奥で……』

『まあ、19世紀的な極論ですが』

『コーヒーをありがとう』と星野さんは言った。『話せてよかったよ』
 大島さんはにっこりと感じよく微笑んだ。
                                                    
TEXT BY 村上春樹『海辺のカフカ』

by toshtky | 2006-12-09 11:35 | MUSIC  

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